今朝は、気分は悪くなかった。
ちゃんと起きられて、散歩も出来た。
子どもがバスに乗って学校へ行くとき、笑顔で手を振ってくれた。
ああ、幸せだなと思った。
それなのに、楽しくない。
「幸せ」と「楽しい」は、同じ場所にないんだろうな、と最近よく思う。
母親としての私は、たぶん満たされている。だけど個人としての私は、少し退屈で、少し息苦しい。
生活は、速い。
時間に追われて、結果に追われて、今日も予定に追われる。
いつの間にか「今を感じる」より先に、「次」が来る。
速すぎて、呼吸を忘れる。
気づくと、肩が固まっている。
頭が重い。
ため息をしたくなる。
私は理学療法士だから、こういう時の体の反応を、つい“現象”として見てしまう。
頭が重い時って、呼吸が浅くなっているか、少し止めていることが多い。
そうなると体のどこかがずっと緊張したままになりやすくて、結果として肩や首がこわばりやすい。
でも、これは「気合が足りない」とか「姿勢が悪い」とか、そういう話ではない。
むしろ逆で、体が先に“守りのモード”に入っている。
その合図みたいに出てくるのが、ため息だったりする。
施術のとき、私はよく「ため息してって言ってます」。
固まった体がゆるむと、そのあとの可動域の練習やストレッチが入りやすくなる。結果として、同じ動きをしても感覚が変わったり、動きが出やすくなったりすることがある。
私は勝手に、これを「ため息健康法」と呼んでいる。

…健康法って言うと大げさだけど、私の中では、ため息はわりと正直な反応だ。
ため息みたいに、ふーっと息を吐く。
長く吐く。
それだけで、少しだけ頭の重さがほどける日がある。
もちろん、いつも全部が変わるわけじゃない。だけど、何も変わらないわけでもない。
少しだけ専門っぽい言い方をすると、ため息は「サボり」ではなくて、体が緊張から戻ろうとするときに起きる反応のひとつ、と考えられる。
呼吸は自律神経と関係が深くて、吐く息が長くなると、心は“落ち着く側”に寄りやすく、筋肉の緊張がほどけやすくなる。
だから、ため息は「やめなさい」より、「出たなら出たでいい」と思うことにしている。
速すぎる日常で、呼吸が浅くなる。
浅くなると、肩が固まりやすい。
肩が固まると、頭が重くなりやすい。
こんなふうに、体は連鎖している。
今朝の私は、幸せだった。
でも楽しくはなかった。
その間にある息苦しさを、私はたぶん、呼吸で感じていた。
だから今日は、ため息を一回、ちゃんと出す。
そしてまた、速い世界に戻っていく。
戻っていくけれど、呼吸を忘れたことに気づけた朝だった。
私のサロン「YOHAKU」では、こうした体の小さなサイン(現象)を丁寧に分析し、筋肉の緊張をほどくお手伝いをしています。
「なんだか呼吸が浅いな」「肩の力が抜けないな」と感じたときは、一人で抱え込まずに、ぜひ一度お話しにいらしてください。 身体の余白(よはく)を作ることで、心にも少しだけ余裕が生まれるかもしれません。


